戻れない海
初恋は中学1年の時だった。色が少し黒めの痩せっぽっちの男の子。可愛らしい顔つきをした、お母さんの事をお母さんと呼ぶ男の子。
朝練のないテスト週間、早く学校に来る彼に会いたくて早く家を出た。誰もいない静まり返った教室に朝1人でいると、足を引きずるようにして歩く、独特の足音が廊下から聞こえた。彼の音だ。彼と2人きりの教室で話すのはびっくりするぐらい幸せな時間だった。
彼はわたしのことを名前で呼んでくれた。初めて呼ばれた時、心臓が止まるかと思った。呼ばれる度、自分の名前が好きになった。他の女の子の事は名字で呼んでいたから、分かりやすくお前は特別だと言われてるような気分になれて、勝手に舞い上がっていた。彼と話す時、気をつけていないとすぐ顔がにやけてしまった。
真っ直ぐ純粋な思いで、彼の事が好きだった。
彼は、わたしが一番特別に思っていた友人の彼氏だった。わたしは、友人の一番にも彼の一番にもなれなかった。
もうあんな風に誰かを純粋に好きになることなんてないんだろうな。わたしは恋愛が上手に出来ない。
1人が寂しいなら1人で楽しめるようになろうと思った。寂しい夜は1人でじっと耐えた。何で誰の特別にもなれないのだろうと思うと、首を絞められているような気持ちになった。
いてもいいけどいなくてもいい存在として、誰かの人生に登場するのかと思うと、足元が真っ暗になった。
だからこそ、インパクトのある人間になろうと思ったのだ。
わたしのことはわすれてしまってもいい。そういう役割りなんだと思う。いつか登場しなくなる、少女漫画の恋敵のような。だからこそ、全部使い切ってしまうのだ。みんながゆっくり時間をかけてたいせつに築くものを、わたしは土台もなしに築く。だから簡単に壊れる。それでいい。
一瞬でもあなたの人生に派手な色を添える存在だったなら、もうそれ以上に望むことはない。
わたしがたいせつにしている思い出を、あなたがたいせつにしてくれなくなって構わない。わたしが全部覚えているから。あなたがわすれてしまっても、わたしの思い出は1つも減らない。
溢れるようにたいせつですと伝えてもひとさじも伝わらない。俺もだよ、と微笑まれてあーあ、この人もわたしの事わすれてしまうんだろうなと、おかしくなって笑った。そう言いながら天秤にかけてしまうわたしはなんて卑しいんだろう。
好きな人に付けられる傷は好き。刻印みたいなもの。だって傷が痛めばその分わたしはあなたを思い出す事が出来る。栞のようなもの。
自分のことを甘やかすのは自分でも出来る。無論傷つけることも自分でも出来るけど。でも、わたしは傷つくことを無駄にしたくない。一つ一つ愛しいと思える傷でなければ、ただの傷物になってしまう。
愛されなくなったらちゃんとあなたの前から消えてしまうから安心して。わたしは聞き分けの良い子なのだ。
深く愛されないという覚悟。永遠に愛されたいという思いは身を焦がす。わたしがあなたの輝ける一番星でなくなったら、そっといなくなるからあなたもわたしのことを思い出さないでね。
わすれられた時、わたしは初めて永遠になれる。






